とてもやり切れない

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この世界の片隅に」を観ました。

みんなが言うようにワタシは泣けなかったんですが、とにかく見ている間ずっと怖かった。。。主人公たちの戦時中とは思えぬのんびりした性格、広島のやたら美しい景色 ワタシが認識する戦争とはかけ離れた徹底したありふれた毎日の描き方に違和感を感じ終始不安になった。

今でこそ戦争が起こった時に失われるもの、残るものの惨劇を事後として、実際にあった歴史を学習しているワタシ達とは違い、当時の広島の人たちは戦争というものが人類に及ぼす影響を全く知らないままに巻き込まれ、お国が決めた事だからと形のあやふやな正義を心の拠り所とし、翻弄され、それでもいつもと同じように普通に健気に生きて、そして否応なく壮絶に戦争の暴力の巻き添えになる。

のんびりと日々を過ごしていた主人公たちは、戦争をまだ知る事の無い原始のワタシ達であり、それは生まれる時代が早かっただけのワタシ達でしかなく、全く他人事では無い。そう気づくとより恐ろしく、戦時下でありながらも笑いあって生きている無垢な様は見ていて本当に心が痛い。

みんなのトラウマアニメ「風が吹くとき」と同じ、何も知らずに死にゆく者を傍観する事しかできない恐怖と心の騒めきをすごく感じました。

それに、ヒロインのすずは何一つはっきりとした自己主張もせず、周りに流されるタイプで、実際日本にはこういう人今でも多いだろうなぁと感じてしまうのも、人生でまだ何も選んだ事もなく、故に罪もなく、なんとなく生きている幼いままの人ですら免れる事が出来ない戦争の陰惨さをこれでもかと見せつけてられて震えました。


この映画を見ている観客側の我々は歴史上の結末を知っているので、悲しい展開を避ける事は不可能でただ時間経過と流れに飲み込まれて行くしかない登場人物をただ受け止めて眺める事しか出来ない、史実を変えられる事がない現実の辛さがとにかくすごい。

まって!もっと危機感持って!ぼーっとしてないで早く逃げて!と叫びたくなるが、どうにもならない。

そんな絶望の中からも希望は必ずみつかるよねという終わり方をしているものの、心には重たく残る作品でした。



しみじみ思うのは自分の生まれた国は航海中の船であり、その船に一度乗ってしまえば流れに揺られ船の進む道に従うしか無く、途中で降りる事は出来ないんだね。

さらに倍率を変えて見れば、地球そのものが巨大な宇宙船であり、今の我々はそこから降りて生きる事は出来ない。

船は揺れたり、嵐が来て浸水したり日照りが続いたり、食料や水、酸素も足りなくなるかも知れない。乗組員同士で犯罪を起こす事もあるかも知れない

だけれど、素敵な宇宙船地球号。乗ったが最後。


映画の中の戦時中の広島の人たちは、この一度乗った船で起こるあらゆる出来事をあるがまま受け入れて、乗り越えようと生きていました。

もう警報あきた!今日のご飯はまずい!甘い物たべたい!と言いながらも毎日国都合で起こる困難の日々をやり過ごし、自分の力や責任の及ばぬ大きな船の上で起きてしまった事象に身も心も傷つきながらも先に進んでいくしかない。今の私達にもその強さがあるでしょうか。


実際、何も知らないから強い、というのはあると思う。

火に触れたら熱い、またはこの海にはサメが居るという事を知らなければ人は平気でそこに飛び込めるでしょう。

痛み知ってしまったあとのワタシ達はそこにまた飛び込む事が出来るでしょうか。

知った上で乗り越える強さを持つ事の難しさ、逆に知っているからこそ超えられる事も沢山あるかも知れない。

平和が何かわかりにくい現代の世の中ですが

同じ過ちを繰り返さない事が1番ですね。。。


因みにワタシは広島出身の祖父と浅草出身の祖母を持つド級に気性の荒い血筋のサラブレッドです。赤い色を見ると血がたぎるのはそのせいかも知れません。